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芝生のお手入れ~

今日は朝から雨が降っていて、ちょっと肌寒かったです。

ですが、お昼前にはすっかり晴れていいお天気になりました。

と、いう訳で、しばらく手入れをしていなかった芝生のお手入れをしました。
まずは冬の間に生えてきた雑草を抜いて、サッチ取りです。

サッチと言うのは芝刈りしたときの刈りカスや枯れてしまった芝などです。
このサッチを取り除いておかないと、芝生の病気の原因になってしまいます。

病気予防に清潔が一番なのは、芝生も人間も同じようです。

で、2時間程かけて芝生からサッチを取りました。

DSCF5869.jpg

大きな熊手のようなもの「レーキ」でサッチを集めるのですが、これが一苦労。
すでに、筋肉痛が・・・orz
明日はもっとひどいことになりそうです。

サッチを取り除いた後は芝刈りです。

DSCF5871.jpg

いつも刈り高は20mmなのですが、今日は15mmで刈ってみました。
これまで15mmで芝刈りをすると凸凹なところだと土まで刈ってしまう状況でしたが、ちょろちょろと凹凸に目土を入れて慣らしていたので、今回は15mmでもいい感じで芝刈りが出来ました。

普段なら、これで芝生の手入れは終了なのですが、これから春になって暖かくなってきますので、芝生の根切りもしました。

根切りとは新しい根っこが生えてくるように古い芝の根を切ることです。

根切りにはローンスパイクと言う物を使います。

これがローンスパイクです。

DSCF5872.jpg

三つの刃を芝生に突き刺して古い根っこを切ります。

DSCF5874.jpg

これがまた一苦労。
およそ10センチ間隔で芝生に突き刺します。
刺した時に前後にゆすって上げると、より多くの根が切れます。

たったこれだけの芝ですが、これまた1時間半以上かかりました。

でも、これをやっておくと、土の中に新しい空気も入り、水捌けも良くなるので、とても重要な作業です。
普通は成長期にやる作業らしいのですが、まあ、これから成長期に入るので大丈夫でしょう。

と、まあ、こんな感じで、午後は芝の手入れで終わってしまいました。

片づけまで含めると、5時間以上の芝生の手入れをしてました。
正直疲れました~

スプリングフラッシュまでもう少し。

綺麗な芝生に育ってね~

(´・ω・`)ノ
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今日の夕飯~                (駅弁 ゲゲゲの鬼太郎 風呂茶漬け)

今日の夕飯は、近所のショッピングモールで駅弁フェアをしていたので、久しぶりの駅弁にしました。

前回は栃木県宇都宮の松廼屋「まつのや」さんでしたが、今回は鳥取県鳥取駅取り扱いの「ゲゲゲの鬼太郎 風呂茶漬け」です。

前回の松廼屋「まつのや」の記事はこちら
今日のお昼(駅弁 栃木宇都宮 松廼屋「まつのや」 とちぎ霧降高原牛めし)

駅弁フェアと言うことでいろいろな駅弁を見ていたのですが、逆に誰かにじっと見られているような気が!

誰が金ルチルに熱い視線を送っているのか?と思ったら、「目玉の親父」でしたwww

DSCF5858.jpg

テレビでやっていた鬼太郎じゃなくて、漫画の鬼太郎の絵のようです。
有田焼茶碗が付いているということで選んじゃいました。
一折1000円です。

目玉の親父によると・・・

DSCF5859.jpg

と、いうことらしいですw

さて、肝心の中身です。

DSCF5860.jpg

具材は鬼太郎のかまぼこ、海老、鮭、イカ、ホタテ、アナゴ、わさび漬け、シバ漬けです。
なかなか盛り沢山です。

ご飯はうっすらと下味がついた白米?です。

駅弁の常?として全体的な量は男性にはちょっと少なめでしょうか。

とりあえず、半分は普通に食べて、残り半分は「目玉の親父」の言うことを聞いてお茶漬けにしました。

そのまま、お茶漬け、どちらでも美味しく食べることが出来ますが、おかずを楽しむならそのまま、全体的に楽しむならお茶漬けといった感じがしました。

さて、食べ終わると・・・

DSCF5866.jpg

DSCF5865.jpg

目玉の親父と鬼太郎がw

DSCF5864.jpg

ちょっと、子供の頃好きだった鬼太郎に惹かれて食べてみましたが、安易なキャラクター弁当ではなく、しっかりとした駅弁でした。

ところで、有田焼のこのお茶碗。
一体どうやって使いましょう?

(´・ω・`)?



今朝のパンジー

冬季オリンピックの華、女子フィギュアスケートが終わりました。

結果は浅田選手が銀メダルを獲得。

今はただ、お疲れ様でした。と思うばかりです。

古くはハーディング選手やケリガン選手の事件、ソルトレーク事件など、どーもフィギュアスケートはややこしいことが多過ぎな気がします。

言いたいことは結構あるのですが、まあ、このブログでは止めておきます。



さて、気分を取り直して、今朝のパンジーです。

昨日、一昨日と春を通り越して初夏?のような暖かさだったわけですが、おかげさまでパンジーもだいぶ花が咲いてきました。

DSCF5834.jpg

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DSCF5837.jpg

ビオラは相変わらずワサワサです。

DSCF5846.jpg

クリスマスローズも花数が増えました。

DSCF5849.jpg

二月も残り僅か。

これからの週末は庭いじりで忙しくなりそうです。

(´・ω・`)


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金ルチルはマンセルが好き!!後編

さて、昨日の続きです。

マンセルに関する懐かしいもの。
それはこちらです。

カタログ084

ジャーン、ちょいと汚れていますがA4サイズのマンセルの生写真です。

マンセルは1992年にF1でワールドチャンピオンを獲得した後、F1ワールドチャンピオンの肩書きをぶら下げて、インディーカーレースに参戦し、その年のインディーカーチャンピオンになりました。

この写真はその1993年、オーストラリアのサーファーズパラダイスで行われたインディーカーレース開幕戦の予選の時のものです。
このレースでマンセルは、インディーカー初参戦、初ポールポジション、ラップリーダー、ファステストラップ、そして優勝という、とんでもない金字塔を打ち立てました。

さて、なんでこの生写真が金ルチルの手元にあるのかと言うと・・・見に行きました・・・嘘ですw

この写真を入手したのは1995年、金ルチルが社会人になった年でした。
いきなりの社員旅行でオーストラリアのサーファーズパラダイスに行ったのです。

ちなみに金ルチル初の海外旅行です。

で、カジノに行ったんです。

とにかくこのオーストラリア旅行は何かに憑かれていたかのように運が付きまくっていまいた。

ブラックジャックと言うゲームをしたのですが、相手のディーラーが7人連続で交代するほど勝ち続け、気が付いてみれば元手の10ドルが数千ドルに膨れ上がったのです。

そして翌日、サーファーズパラダイスで一番大きいといわれるリムジンを借り切って市内観光をしました。
(余談ですが、リムジンの運転手が制帽、ワイシャツ、ネクタイ、白手袋と上半身は決まっていたのに、半ズボンにサンダルで愕然としました・・・orz)

サーファーズパラダイスといえば先に紹介したインディーカーの開幕戦の地、このレースは市街地コースで、レースの期間だけ公道がサーキットになるのです。

ちょっと写真が見つかりませんでしたが、実際に道路にはレースのグリッドが記されていました。

そして借り切ったリムジンで先輩達と一緒に実際のレースコースを一周してもらったのです。

そのとき先輩がレースのスタートライン側にあるストリップバーを発見。

夜になり、そのお店に訪れたのでした。
(ちなみに、本当はまたカジノに行きたかったのです)

いやいやながら店内に入ると、バーカウンターの後ろにインディーカーレースの写真がずらりと貼られていたのでした。
そして、この写真を発見、どーしても譲って欲しくてしばらく交渉したのですが、店のオーナーの趣味の写真だから無理と断れてしまいました。

なおも食い下がっているとついに二人のデカイ兄ちゃんが、どうやら用心棒、もとい、警備員のよう。
でも、引き下がらずに、何とかオーナーに連絡とってくれと交渉していると・・・

恰幅のいい髭親父が登場してきたのです。

この髭親父がお店のオーナーで写真を撮った本人だったのでした。

最初は売り物じゃないからと、お決まりの台詞でしたが、いかに金ルチルがマンセルのファンなのかを説明すると、オーナーの態度が一転。

オーナーは金ルチル以上のマンセルファン。

「イギリスから宝石を掘って一山当てようと(オーストラリアは南ア、スリランカと並ぶ宝石の産地)オーストラリアに来たものの、貧しい生活が続いた。でも、F1ドライバーになるために家まで売ったマンセルを励みに頑張り、やっとここまできた」

と。

そして異国の地でマンセルのおかげでオーナーと意気投合。
この写真を譲ってくれたのでした。

そしていくらか尋ねると
「君はもう私の友人だ、友人からお金は取れない」
と頑なに支払いを拒否したのです。

挙句に友人?と言うことで、ストリップバーのVIPルームに通され、それこそ酒池肉林の接待を受けてしまったのでした。

それだけにこの写真はとても思い出深いものなのです。

さらに幸運は続きます。
それから帰国するまでの毎晩、金ルチルはオーナーに連れられ、全てオーナーの奢りでサーファーズパラダスを堪能したのでした。

そして、帰国。

帰りの飛行機で、後ろの方で一服していると(当時は喫煙OKでした)どこかで見かけた人が。
その人は「サーキットの狼」というクルマ漫画を描いていた池沢さとし先生によく似ていました。

恐る恐る声を掛けてみるとやっぱりご本人。
クルマ、レース大好きの金ルチルは、しばらく池沢先生とお話させていただきました。

一時間は車談義をしたでしょうかそろそろ戻ろうかという時に、池沢先生が「何か書くものある?」と。
恐れ多くてサインをお願いできなかったのですが、サインをしてくださるとのこと。

∩( ・ω・)∩
ばんじゃ~い


そのとき頂いたサインがこちらです。

カタログ087

ちょうど肌身離さずに持っていたマンセルの写真の裏にサインを頂いたのでした。

とにもかくにも思い出一杯のマンセルの写真。
そして池沢先生のサイン。

みなさんの思い出の一枚はなんですか?

(´・ω・`)?

おまけ
マンセルVS石橋





金ルチルはマンセルが好き!!前編

今日は予約投稿です。

こんばんわ、金ルチルです。

みなさん、ナイジェル・マンセルをご存知でしょうか?

このブログを以前からご覧頂いている方はお分かりでしょうが、金ルチルは車やモーターレースが大好きです。
金ルチルはモータースポーツが好き!!前編
金ルチルはモータースポーツが好き!!後編
三重県ウィーク (F1 レッドブル2006デモカー)

特に1980年代後半~1990年代前半のF1はとても大好きでした。

当時は、アイルトン・セナ、アラン・プロスト、ネルソン・ピケがワールドチャンピオンを獲得していて、ナイジェル・マンセルはいいところまで行くものの、何回もワールドチャンピオンを逃しており、無冠の帝王と呼ばれていました。

いわゆるF1四強時代です。

そして、金ルチルはマンセルの大ファンでした。

なんで唐突にマンセルを紹介する気になったのかと言うと、先日片づけをしていて懐かしいものを見つけたからです。
それは後ほど紹介します。

当時金ルチルが持っていた四強の印象ですが、セナは孤高の天才、プロストは老練な戦略家、ピケは・・・女好きw、そしてマンセルはマリオのおじさん・・・もとい「おバカな英雄」です。
ちなみに「おバカ」は最大級の賛辞です。
マンセルファンの人ならきっと分かってくれると思います。

当時のF1の予選はQタイヤと呼ばれる予選用タイヤがあり、今以上に白熱したものでした。

セナがタイムアタックをしている時は、息を呑んで、本当に息を止めて、緊張しながら見たものです。
なんか息を吐いたら、コースアウトしちゃうんじゃないかって錯覚するくらいでした。

が、

マンセルのタイムアタックの時は、テレビに声援を送り、やかましいくらいに興奮しながら見たものです。
応援しないとこれまたコースアウトしてどっかに行っちゃうだろうって感じw

セナとマンセルの走りはタイプは違えど、これほどまでに金ルチルを惹きつけるものでした。

まあ、マンセルの「おバカ」を紹介しようとすればキリがないので、今回は止めておきますw
いずれ機会があれば紹介します。

で、やはり大ファンを自称する以上、ここはカッコイイマンセルを紹介しなければ!
(`・ω・´) シャキーン

と言うわけで、大英帝国の愛すべき息子(Great Britain's lovely son)から大英帝国の偉大なる英雄になった、ナイジェル・マンセルのカッコイイ走りをご覧ください。

まずは1990年サンマリノGPでフェラーリに乗るマンセルの360度スピンです。



このスピンした時は時速260km弱出ていました。
マンセルの凄いところは、このスピンした周回もあまりタイムは落ちず、ピットのメカニックはスピンしたことに気が付かなかったと言われています。(本当かwww)

続いて同じく1990年メキシコGPでベルガーを一気に抜き去ったシーン。



まさに大外刈りです。
通常、F1に限らず、レースで先行車を抜く時はコーナーのINに潜り込んで抜きます。

コーナーのアウト側から抜くのは、余程ドライバーやマシンの性能差が無ければ非常に困難で、コースアウトをしてしまう可能性が高くなります。
特に、この時点で前を行くベルガーは2位で、マシンも技術も超一流、ちょっとやそっとじゃ抜けないドライバーです。
しかも、この周回はファイナルラップ、下手をすればコースアウトリタイヤです。

この時テレビで見ていた金ルチルは
「ああああ、バカーーーー!えっ?お?お?おぉぉぉぉおおおお!!!やったーーーー」
と、一人でバカ騒ぎをしていたのを良く覚えていますw

実況もマンセルが抜いた直後「イン クレディブル!!」(スゲー、信じられない!!)とひときわ大きな声。

そのくらい、このオーバーテークは凄いのです。

そして、F1史上、最高のレースとして有名な1992年のモナコGP。



再生中、動画右下の・・・をクリックすると動画のコメントを消すことが出来ます。

このレースはセナとマンセルによる最高のレースでした。

マンセルファンとしてはちょいと残念でしたが、これも大興奮でした。
後にも先にも1位を走る天才セナに「ブルーフラッグ」(8:08秒当たり)を出させたドライバーはマンセルしか居ません。
(ブルーフラッグ=青旗=あなたより後ろの車の方が速いから進路を譲りなさいの意味)

余談ですが何度も出てくるトンネルのシーン、トンネル出口上にはマンションが建っていますが、このトンネル出口真上の部屋にウォーキングで有名なデューク更家氏がお住まいです。

最後は1992年イギリスGP(マンセルの母国GP)
大興奮の観客をご覧ください。



このレースでは予選で2番手のチームメイトのリカルド・パトレーゼに約1.9秒もの大差をつけてポールポジションを獲得、一度も首位を譲ることなく優勝しました。
このレースは観客席の動きでマンセルが走っている場所が分かるといわれたほどマンセル一色でした。

おう!?

調子に乗ってたら長くなりすぎました。。。

と、いう訳でマンセルに関する懐かしいものは後編で。

(`・ω・´) シャキーン


黒ねこ時計 くろック D01
プロフィール

金ルチル

Author:金ルチル
ブログ管理人の金ルチルです。
独身♂10/7に37歳になりました。
衝動買いした一戸建てに一人暮らし。
最近デジカメを買ったのでブログに初挑戦です。
ガーデニングをメインに好きなモノなどを紹介していきます。
リンクフリーですが、リンクされた際にはご連絡していただけると幸いです。
コメント、大歓迎です。
(^^)

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